MESSAGEは弊社代表の太田和隆が社員に向けたメッセージを社外向けに加筆してみなさまに読んでいただくコラムです。
ダイヤ冷ケースの仕事に対する考え方を感じてもらえれば幸いです。

天皇陛下と日本

日本

平成から令和となり、新天皇陛下就任の儀式が続いて、天皇や皇室がいつになく身近に感じる機会が多い昨今ですね。日本人なら誰でも知っている天皇陛下ですが、その歴史などについて少し調べてみました。

 その源流をたどれば初代は神武天皇で紀元前660年にその位に着いたと言われています。それ以来、2700年にわたり「万世一系」という途切れることの無い血筋を引き継いで継続しているのです。神武天皇について書かれた最古のものは西暦700年初頭の古事記ですから、それ以前は神話として割り引いたとしても1300年の長きにわたり、一つの血筋が一国の権威・象徴として継続していることは世界史の視点からしても他に類を見ないものです。平安時代に栄華を極めた藤原家も、戦国時代の権力者として誰もが知っている織田信長も、豊臣秀吉も、徳川家康も、自らが天皇になることはなく、天皇を仰ぎ見、その代役として国を治めてきました。それほどに天皇に対しては冒すことのできない特別な存在としてその尊厳を受けとめてきたといえます。

他国の歴史を見ると、ある王朝が次の王朝に変わるときは、権力争いの紛争があり、敗れた旧王朝の一族はほぼ皆殺しとなった場合がほとんどで、その繰り返しが歴史となっています。ゆえにわが国の歴史は世界に誇れるものであると言っても過言ではありません。それほど日本人にとっての天皇の存在は特別なものであったと言えると思います。

 天皇の仕事は「国民の安寧と平和を願う」ことだそうです。今回行われた大嘗祭などはまさにその代表的な行事で、天皇即位時に古式のしきたりに則り、夜を徹して五穀豊穣に感謝し国家国民の安寧を願うものです。普段も天皇陛下はほぼ毎日、このようなたいへんな儀式を行ない、平和と安寧を祈願してくれているそうです。戦後の昭和、平成と戦争の無い平和を享受できるのも、天皇陛下のおかげでもあると言えるでしょう。

 私たちにとって身近な存在として感じられるのは昭和天皇以降ではないでしょうか。多くの日本人が戦後生まれとなりましたが、昭和史を振り返るとまさに激動の時期がありました。太平洋戦争末期に原爆投下を受けたりして、国家存亡の危機に陥りました。国としての重要な意思決定をする時、天皇陛下の前で首相をはじめとする主要閣僚と軍の最高幹部が話し合いを行なう「御前会議」が行なわれます。原則、陛下は同席するだけで自ら意見を述べることはありませんが、陛下の前で決することが重要なのです。ポツダム宣言を受諾するかどうかを決める御前会議が行なわれた時、意見は真っ二つに分かれ結論が出せませんでした。議長の鈴木首相が陛下に意見を仰いだ時、陛下は「日本という国を子孫に残さねばならないので受諾に賛成である」旨を述べられました。敗戦国のトップは戦犯として処刑されるのが当たり前ですから、まさに自らの命と引き換えに国を残すという選択です。

 GHQが日本を占領し、昭和天皇が初めて連合軍最高司令官を訪ねた時、マッカーサーは天皇が命乞いをしに来たと思ったそうです。過去の敗戦国の指導者が例外なくそうであったからです。しかし昭和天皇は「責任はすべて自分にある。私はどうなってもいいので日本の国民を救ってほしい」と述べられ、その毅然とした姿勢にたいへんな感銘を受けたと回顧録に記しています。その後、GHQは日本の統治には天皇の存在が不可欠と判断しました。その後、昭和天皇は各地を巡幸して国民を励まし、平成天皇は大きな災害のたびに被災地で膝をついて国民に寄り添い、そして令和となり、新しい天皇陛下が即位されました。日本人として天皇陛下や皇室についてもしっかりと考えていきたいと思います。

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