1980年代に首相を務めた中曽根康弘氏は、それまで貿易摩擦などで険悪なムードであった日米関係を改善したり、旧国鉄の民営化などを行ないました。この内閣がこれらの改革を断行した背景には、それまでの各省庁の主張が食い違ってなかなか物事が決めきれなかった体質を、内閣官房室を創設することで官邸主導に切り替えることができたことが大きな要因でした。この時の官房長官が後藤田正晴という人で、内閣官房室発足時に各省庁から官邸に出向してきたメンバーに「後藤田五訓」を唱え、徹底したことが今でも語り継がれています。特に当時の庶民の身近なところでは、利用者そっちのけで毎年ストライキを繰り返していた日本国有鉄道を分社民営化して、利用者である国民へのいわゆる「顧客満足」を最優先した大変化は、私自身が一人の利用者として感じ取ることのできたものでした。それまではニコリともせずに切符切っていた(今ではほとんど見られないですね!)改札口の駅員さんが「ご利用ありがとうございます」と言葉を発したのにびっくりしたのを思い出します。
さてその「後藤田五訓」の内容は以下のようなものです。
1.『省益を忘れ国益を思え』
内閣官房室は各省庁からの出向者で構成されているので、それぞれが所属する省庁の利益になるように考えるのが当然と言えば当然の成り行き。しかしその考えを捨てて広い視点で国家(国民)が最大利益を享受できるように考えよ。つまり所属省庁の利益である部分最適の視点を超えて、全体最適の考え方が重要であるということ。
2.『私が聞きたくもないと思う悪い情報こそ報告せよ』
とかく悪い情報は上にはあげたくないもの。できれば無かったことにしたい。明白になれば担当者自身の責任が問われる。しかし悪い情報こそが次の良策のための大きなヒントがあるはず。耳に入らないと適切な意思決定ができないばかりか国民が不利益を被る。絶対に隠し事をするな。具合の悪いことほど迅速かつ正確に報告せよ。
3.『思い切って意見具申せよ』
上からの指示命令を待つばかりではいけない。指示待ち人間であるな。その組織に身を置く人間として自分はどう考えるのか、積極的に意見を述べよ。
4.『自分の仕事でないと言うなかれ』
複数の部署が困難を克服して取り組まなければならない課題が発生する。そういう時に言い訳をして逃げるな。責任回避するのではなく、勇気をもって自ら当事者として積極的に参画せよ。
5.『決定が下ったら従い、命令は実行せよ』
全体最適を鑑みての最終的な決定がなされ、命令が出たなら、不満があろうと即時に実行せよ。面従腹背などもってのほかである。
40年近く経過した現在においても重く響く組織を動かす心構えとしては全然色あせていませんね。
新しい総理大臣が就任したこの時期に国家運営にも当てはまると思いますし、私たち中小企業の小さな組織にもまったく同様な要素だと感じます。
まず一人一人が広い視野、高い視座を持つこと。全体最適は必ずしも部分最適の足し算ではないと理解すること。さらに一人一人が考える力をトレーニングして、よりよい全体最適を導き出せるような意見をぶつけ合うこと。そして実行すること。
コロナで世の中が大きく変化しているこの社会において、大企業、中小企業の区別なく、チャレンジ精神を試される大きな時代の転換期だと感じます。